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2015年(平成27年)
 7月15日
  第30巻3通卷194号
  昭和62年5月22日第三種郵便物認可

チャップリン>194号

 

救急車有料化へ
〜増え続ける救急出動を防げ〜


 救急車の有料化をめぐる議論が、いよいよ本格的にはじまったようだ。5月11日に開かれた財政制度等審議会(財務相の諮問機関)で財務省が示した案の中で、「軽症の場合の有料化などを検討すべきではないか」と明記されたためだ。
 救急車の出場件数はここ10年で2割も増加しているが、実際に搬送される人の半分が軽症者だ。そのため、このまま現状を放置すれば本当に救急搬送が必要な人への対応が遅れる可能性が指摘されている。有料化で不要不急の出場を減らし、年間2兆円にものぼる救急部門費用の削減につなげたい考えだ。
 実はこの有料化、もう15年以上前から、幾度となく議論されてきている。
 平成26年度版の消防白書によると、救急出場件数は598万2849件(対前年比7万1568件増、1.2%増)で過去最高を記録。出場件数は平成15年と比べて22.3%増加しているが、救急隊員数の増加は約7%で全く追いついていない。人口1万人当たりの出場件数の推移をみても,最近10年間で約7割と、急激に増加している。救急出場の4割が高齢者を対象としているため、高齢化の進展に伴い今後も出場件数は増加すると考えられる。
 このような救急車の利用増大で、重症者への対応の遅れと救急車出場経費の増大といった問題点が出てくる。重症者への対応の遅れについては、現場への到着所要時間が長くなる傾向があり、重症者への対応の遅れが懸念されている。119番通報から救急車が現場に到着するまでの時間は平成15年は6.3分だったものが平成25年には8.5分と、10年間で34.9%も遅くなっている。
 心臓停止や呼吸停止の場合、数分の遅れが命取りになることから、現場到着所要時間の増加傾向を抑えなければならない。
 救急車出場経費の増大については、救急車出場件数当たりの費用は平均4万円から5万円程度であり、今後も出場件数が増加すれば、自治体財政を圧迫することになる。
 では、救急需要増加への対応策として何があるのか。

 @トリアージ
 A民間活用
 B有料化

この3つがあげられる。

 トリアージについて

 多数の傷病者が発生する災害現場において、傷病者の状態から緊急度・重症度の選別を行い、選別に応じて救急隊の出場のあり方を弾力的に行い、搬送の優先順位をつける方法がある。これが緊急度・重症度の選別(triage:トリアージ)である。阪神淡路大震災の時、耳にした方も多いと思われるが、我が国においても、トリアージは、徐々に国民の間に定着してきているが、かかる災害時だけでなく平常時の救急要請にあたっても、トリアージの考え方を取り入れようとする議論がなされている。 現在の救急制度においては、緊急度・重症度の別を問わず一律に救急隊を出場させていて、トリアージは、119番受信時と救急現場の2つの時点において、判断することになる。したがって、119番受信時と救急現場において、患者の症状を正しく判断できるかが問題となる。
 驚くべきアンケート結果がある。武蔵野赤十字病院が救急隊に行ったアンケートでは、救急隊員の約7割が傷病者が心筋梗塞かどうかの判断ができないとの回答があった。
 救急隊や本人が軽度と判断しても、実際に医師が診断すると重症であることが判明することは医療現場では決して珍しくない。
 本来トリアージは、多数の傷病者が一度に発生する大規模な災害や事故など特殊な状況下において有効な手法であるが、119番受信時および救急隊員が現場で行うトリアージによる病状把握と搬送は、誤った判断や容態急変への不充分な対応・病院等への搬送の遅延を招くおそれがあり、患者のいのちを脅かす危険性がある。
 従って、平時の救急要請において、「効率」「搬送抑制」を目的としたトリアージは救命救急医療にはなじまないと思える。

 民間活用について

 東京都主導で緊急性の無い患者の搬送事業として「東京民間救急コールセンター」が設立された。公益財団法人であり、理事長は元消防総監の小林輝幸氏、東京消防庁傘下の団体である。運営当初は、様々な混乱と問題が発生し、国会においても取りあげられるなど、大きな問題となったことがあるが現在は落ち着いている。ただ、民間への患者等搬送業務は「救命技能の認定を受けている運転手等が乗務するタクシーを速やかに配車できること」等が条件となっているが、救急技能の認定を受けるには、心肺蘇生法や自動体外式除細動器(AED)の使用法を学ぶのみの講習で認定が受けれる。充分な知識と経験を持った救急隊員でさえ、傷病に対する正確な判断を行えないとしているにもかかわらず、僅かな時間の講習を行った者に傷病者の搬送を委託するのは危険であると言わざるをえない。

 無料化について

 救急車の利用に際し、日本では無料となっている。このように無料であることが、無制限の利用を促しているのではないかという指摘がある。実際に、既にいくつかの自治体で財政事情等を理由に「有料化」も含む検討がすすめられている。
 他国では、救急車の利用を有料化している国も少なくない。 人口約810万のニューヨークでは、救急車の利用は有料である。
 基本料金約25,000円、走行距離1マイル(1.6km)につき約600円が加算される。
 サンフランシスコは、基本料金約38,000円、走行距離1マイルにつき約1,400円が加算される。
 オーストラリアのシドニーは基本料金約11,000円、走行距離1キロにつき約300円が加算、ドイツのフランクフルトでは、料金約22,000円〜73,000円、病状により料金が異なる。
 しかし、ニューヨークでは、救急車利用は有料でかなり高額であるにもかかわらず、代替する交通手段を持たない救急車利用者の86.5%が医学的にみて不要であっても救急車を利用していることも報告されている。つまり救急車が有料化であっても、本来救急車を利用する必要のない患者の利用を抑制していないのが現状である。
 有料化の問題点は、高齢者及び低所得者層の利用制限が拡大する危険性である。有料化は患者・国民の受療権を侵害する可能性があり、有料化によって患者の受診抑制が強まり、症状が悪くなってから医療機関にかかることによって重症化し、結果的に国民医療費の増大につながる懸念がある。
 忘れてはならないのが、事故や災害から国民の生命や身体を保護することや緊急を要する事態での人命の救命活動は、地方公共団体の基本的な責務であることだ。
 そして有料化を図ることは、「お金を払ってんだから」といった意識のもと、これまで以上の救急需要増大を招く恐れがあることである。
 有料化の前提として、保険等の社会インフラの整備や本来救急車が必要な事案についての要請を躊躇させる恐れなど様々な懸念事項がある。これらの法的・社会的背景などから、現状では救急業務の有料化は難しいとした否定的な意見もあり、今後の救急需要の動向などをみながら将来的な課題として慎重な検討が望まれると思う。
 2007年に発出された『救急医療サービスの経済分析』において、救急車有料化の経済分析における社会的に最適な利用価格が算出された。統計的生命価値として1億円・3億円・5億円の3つのケースを想定して、それぞれ、利用価格を、8,000円、13,600円、17,600円と算出した。ここでいう統計的生命価値とは、人々が死ぬリスクを回避するためにどれだけの資源(お金)を割いているかを調べ、そこから「一人」の命を救うために国が負担する費用を計算したものである。
 この3つの数字が、救急車を有料化する際の社会的に最適な料金となり、軽症者の利用を抑制する13,600円から17,600円が妥当と結論付けている。
 そして、有料化には別の意義もある。徴収して得られた収入で救急サービスのキャパシティ拡大を図るということだ。
 平成26年中の全国の救急自動車による救急出動件数は598万2,849件(対前年比7万1,568件増、1.2%増)と発表されている。増加傾向は、平成35年から平成36年頃まで続き(ピークは約620万件)、その後は、人口減少の影響で減少に向かうと予測されている。
 この出動回数の増加にともない救急部門費用も増加となる。当然この費用は救急車の利用の有無に関わらず集められた税金から支出されることになる。このような救急需要の増加傾向とそれに伴う財政支出の増大は国民の負担がさらに大きくなることを意味する。
 このような背景から救急車サービスに対する投資は必要不可欠であり、有料化を行うことでその一部を利用者に負担させることが可能となる。
 ただ、高齢者及び低所得者層の利用制限が拡大する危険性をはじめとして法的・社会的な問題点もあり、仮に救急車が有料化されたとして、実際に料金を徴収できるのかどうかはとても疑問点が多い。
 前出の『救急医療サービスの経済分析』を読む限り、この資料で算出された数字(料金)は救急車というサービスの供給側からみた数値であり、直接軽症者の利用を抑制する料金設定ではない。
 救急需要の急激な増加に直面している自治体の多くは、軽症者の需要を抑制または制限して、救急出場の増加を防ぐ方策を考えていると思われる。有料化することによって悪意ある利用者の利用は減少するかもしれない。 
 しかし、患者としては軽症の患者に分類されるが自らを重症の患者と思い込んでいるような善意の利用者は減少しないだろう。その点では、救急車利用の有料化だけでは救急需要の抑制・制限は実現しない可能性が高いので、トリアージや民間活用といった方法を併用しなくてはならないだろう。